こたつモラトリアム

できることなら永遠にここで暖をとっていたい

初めて会ったネパール人の賃貸物件探し in 京都に付き合った話(前編)

 

「ナカヤマさん、この書類読んでくれなイ?」

まかないを食べていると、店長にそう頼まれた。私はインド・ネパール料理屋でアルバイトをしている。店長も奥さんも、日本語は喋れるけど読めない。だからウチのアルバイター達は時々、やれ税金がどうのこうのだの、やれ認可保育園がどうのこうのだのといった小難しい書類を読まされる。

渡された書類に目を通すと、今回は賃貸物件の見積もり書だった。聞くと、店長の弟とその友達2人の計3人が今春から京都にある大学に通うらしく、そのために3人で一緒に住むアパートを探しているとのこと。前日に京都に行き物件を探してみたが、見積もりは33万円に及んでおり、いくら何でも高過ぎるんじゃないか、何でこんなに高いのか教えて欲しい、と言われた。

なるほど、バイト中にチラチラと視界に入り、今は私の目の前にいる新顔ネパール人3人は店長とそういう関係だったのか。ウチのバイト先にはかなりの頻度で見知らぬネパール人が来る。初めは知らない人を見る度に「あの人は店長とどういう関係ですか?」と尋ねていたが、初めましてのネパール人は絶えることが無く、段々覚えられなくなって確認するのをやめた。まあ、日本人の親戚すらロクに覚えられない私がネパール人の人物関係を覚えられるはずがない。簡単な話だ。

 

さて、目の前で圧をかけてくるネパール人3人には「時間かかるからちょっと待ってね」と伝え、私は悠々自適にカレーを食べながら現状の把握に努めた。そもそも私には賃貸契約に関する知識がほとんどなかった。恥ずかしながら今の下宿先の契約はほとんど親に任せっきりだったし、あれ?敷金・礼金ってそれぞれ何だっけ?という感じだ。よって、ナンのバターでベタベタになった指でスマホをスワイプしながら、見積もり書高騰の原因究明を進めることになった。

 

知らない人のために説明すると、賃貸契約の初期費用にはだいたい家賃の4ヶ月分ほどが掛かり、基本的には4種類の費用で構成されている。

1つ目は家賃1ヶ月分の前払い。当たり前だが入居したその日から家賃は発生するわけで、その月や次月の分の家賃を契約の段階で支払う必要がある。

2つ目は敷金。これは入居者の不手際などで老朽化した設備を退去時に修理するのに充てられる費用だ。退去時に回収しようとするとトラブルの原因になりかねないため、予め支払わされる。相場はだいたい家賃1ヶ月分で、原則余った分は返ってくる。

3つ目が礼金。文字通りお礼のお金で、アパートを貸してくれる大家さん・オーナーに感謝の意を込めてお金を払う。これもだいたい家賃1ヶ月分が相場だ。

4つ目が仲介手数料。これは物件を紹介してくれた不動産業者に対して支払うお金である。相場は家賃0.55ヶ月ほど。おそらく0.05は消費税だろう。

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ネパール人向けに説明した初期費用の内訳メモ

これら4種類の費用を合計すると家賃3.5ヶ月分になる。ここに火災保険料や鍵の制作費などのオプション費用が加算され、だいたい家賃の4ヶ月分が初期費用の相場となるわけだ。

 

見積もり書に記載された物件は敷金ゼロの物件だった。どうやら敷金・礼金ゼロを謳うことで借主にプラスの動機を与えるのが現在の賃貸物件業界のトレンドであるようだ。しかし、その実態として、ゼロになった分の費用が名称の違うよくわからないオプション費用へと変貌しているケースも多い。案の定、今回の物件でも敷金は確かにゼロだが、「スマイルパック」(盗聴器の探知&撤去)や「ベルヴィクラブ」(結局何なのかほんとによくわからねぇ)といった得体の知れないオプションが付随しており、その合計は5万円以上に及ぶ。調べると、アパートの管理会社である長栄という会社が問答無用でこれらの費用を徴収しているようで、かなり胡散臭い。さらに、家賃が6.7万円であるにも関わらず仲介手数料として7.3万円が記載されており、これは相場の家賃0.55ヶ月分を遥かに上回る。日本語の読めない外国人という理由で吹っかけられた事が容易に想像できた。

以上のことを簡潔にネパール人たちに説明した。スマイルパックについて説明すると、「スマイルパックってナニ?wwワタシたちこんなのに2.5万円も払いたくないよww」とその日一番のスマイルを見せてくれた。こんな形でスマイルを届けてくれるオプションだったとは。この物件と不動産業者はやめといた方がいいと伝え、私のミッションはコンプリートだ。大学から徒歩10分圏内の魅力的な物件がダメになったこと、そしてまた一から京都で物件探しを始めないといけなくなったことに、ネパール人3人はひどく落胆しているようだった。

 

私は「誰か一緒に賃貸物件を探してくれるような日本人の友達はいないか?」と尋ねた。また同じようにネパール人だけで賃貸を探しても今日の二の舞になる事が目に見えていたし、間に知り合いの日本人がいた方がありとあらゆる事がスムーズになる。「つい最近福岡から来たばかりで、同行してくれそうな友人の心当たりは無い」と返ってきた。

 

 

 

私は迷った。だが迷った時点で負けだった。向こう数日ぐらいはこの3人の存在が何かの拍子に私の頭の中に浮かぶだろう。私には想像力があった。慣れない土地で、慣れない言語で、難しい契約をしなければならない事の精神的ストレスが想像できてしまった。それに、運よくその日の私は「別にそういう事してもいいかな」と思える精神状態だった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺でよければ一緒に行きましょうか?」

 

 

 

 

 

3人は本当に嬉しそうだった。私たちは簡単に自己紹介をし、「ネパール人3人」はそれぞれサントスさん、アユスさん、クリスナさんだとわかった。3人とも自分より随分年上に見えたけど、サントスさんは24歳、アユスさんに至っては21歳で同い年だったのか。

 

翌朝9時、私たちはお店の前に集まった。クリスナさんは来ないようで、サントスさん、アユスさん、私の3人でJR京都駅へ向かった。道すがらにいくつか会話をしたが、2人とも日本語が上手い。私にとっての英語ぐらいには日本語が上手い。福岡にいる間、日本語学校に通っていたそうだ。

午前11時、JR京都駅着。久しぶりに人混みへ繰り出したが、みんな顔が白く覆われている。やっぱり大変な事になっているんだなぁ。

事前に調べておいた不動産屋へと歩みを進める。入店する前に最後の確認だ。「何かわからない事があればその都度話を止めて僕に質問してください、全然気にしなくていいんで。」この2人にも今どんな事を話しているのかできるだけ理解してもらう。それがこの日の私のテーマ、私が同行する意味だと考えていた。

 

事前のアポ無しで突撃したにも関わらず、担当してくれた方にはとても丁寧に対応していただいた。こちらが探している物件の条件を述べると、「少々お時間いただきますね…」「申し訳ありませんがあまり多くの選択肢は提示できないと思います…」と前置きし、あちこちに電話したり、他の社員さんと何やら相談したりしてくれた。

待つ事およそ15分。1枚のコピー紙を渡された。「こちらでしたら外国の方もOKとの事です。いかがでしょうか。」目を通すと家賃が6万円で予算の25万円以内に収まりそう。広さも2DKでバッチリ。大学から徒歩40分か…うーん、ちょっと遠いけどまあ仕方ないかなぁ、鉄筋コンクリートなのも魅力だしなぁ…。

私の目には悪くないように映った。1発目、滑り出しとしては上々だ。選択肢としてキープ、かな。「このアパート、どうですか?結構良さそうに見えますけど。」二人の反応を伺ってみる。

 

 

 

 

「ナカヤマさん…」

 

 

 

 

 

「このアパート、この前にも紹介されましタ…」

 

 

 

 

 

くうううううそっっっっかあああ。聞くと、前回の京都での物件探しで別の不動産屋から紹介されたそうな。まあそりゃそうだよなあ、結構キツい条件だからそもそも選択肢が少ないし、同じ物件を紹介されちゃう可能性だってあるよなぁ。前回紹介された時、大学から遠すぎるという理由でサントスさんとアユスさんの間で却下になったようで、改めて見返してみてもその意思は変わってなさそうだった。

こりゃ思ったよりも難航するかもな…。そんな事を考えていると担当者が尋ねてきた。

 

 

 

「ところで、お部屋に入居されるのはこちらの二人でよろしかったですか?」

 

 

 

ウグッ!!!!痛い所を突かれた。そう、私は物件の条件を述べた時、何人で住むかはボカした。3人でのルームシェアというのは騒音に繋がる要因であり、大家さんにとってマイナスに働く可能性があるからだ。というか十中八九マイナスだからだ。「ネパール人」+「3人でのルームシェア」、そのコンボの威力や如何に。

 

 

 

 

 

「ああー…えーっと…実は今日は来てないけどもう一人ネパールの方がいて、3人で住みたいんですけど……」

 

 

 

 

 

担当者の方が半笑いになった。「あちゃ〜!」という心の声が聞こえた。

 

そう、この時の私はまだ知らなかったのだ。自らが首を突っ込んだミッションの達成難度の高さを…。そしてこの先に数多く待ち受ける苦難の旅路を…!

 

 

 

 

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