こたつモラトリアム

できることなら永遠にここで暖をとっていたい

初めて会ったネパール人の賃貸物件探し in 京都に付き合った話 (中編)

 

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私、サントスさん、アユスさんは3人で一直線になってカウンターに腰掛けていた。目の前にあるは豚骨ラーメン。JR京都駅前の地下街、一風堂で我々は昼食を食べていた。「ラーメンは何味が好きですか?豚骨ラーメン食べたことあります?」と尋ねると、「豚骨は博多でよく食べました。」と返ってきた。そういえば今まで福岡にいたんだった。別のモノにした方が良かったかな。

 

3人が望んでいる物件の条件はこうだ。

・予算は初期費用で25万円

・3人で住むので2DKは欲しい

・大学まで徒歩15分圏内が良い

・できるだけ早く、明日からにでも住みたい

 

前日の夜、これらの条件を元に軽く京都駅周辺の物件をリサーチしていたのだが、かなり厳しい条件である印象だった。まず、2DKの部屋を借りるのに予算が25万円というのは些か心許ない。35万あればいくつかの選択肢から選べそうで、少なくとも30万は欲しかった。次に、時期が遅い。我々が京都へ赴いたのは3月25日。大学周辺の良物件はとっくの昔に他の学生に押さえられていそうだ。そしてネパール人3人でのルームシェア。これがどのくらいマイナス要因として作用するのか。

まあ手持ちのカードを眺めて嘆いてばかりいても仕方がない。この条件でできる限りの勝負を、あとは現地でどうにかなるだろう。そんな風に楽観視していた自分がいたかもしれない。

けれど、やはり現実はそう甘くなかったようだ。麺を啜りながら、私は先刻の不動産屋でのやりとりを思い出した。

 

 

 

 

 

 「ああー…えーっと…実は今日は来てないんですけどもう一人ネパールの方がいて、3人で住みたいんですけど…」

 

そう答えた時、担当者の方が半笑いになった。それは嘲るような笑いではなく、手の施しようが無い状況に思わず笑っちゃった、という感じで好感が持てた。

「3人…フフッ…3人ですか……3人…で2DKのお部屋のルームシェアというとまず大家さんにツッコまれるかもしれませんね。『3人で住むには狭過ぎるんじゃないか』って。」

 

うーん、やっぱりそうなのか。大家さんからすれば何人住もうが入ってくるお金は一緒である。ならば、住む人が増えるというのは、ただ騒音や問題行動のリスクを上げるだけのマイナス要因なのだ。

その後も物件をいくつか探してくれたが、ほとんどの大家さんがネパール人&3人でのルームシェアを嫌がるようだった。やっとこちらに提案されたものは、予算を大幅に超えていたり、大学からかなり遠い場所にあるものだった。

 

「そういえば3人で別々に住むっていう選択肢はないんですか?」私はサントスさんとアユスさんに尋ねた。「ええ〜…『3人で一緒に住もうね』って福岡で約束して楽しみにしてたから3人一緒がいいですネ。」うるせえええええそんな事言ってると住む家が無いんじゃああああああと言いたい気持ちをグッと堪えて「そうですか…。」と返した。

結局その不動産屋には1時間ほど滞在していたが、収穫はゼロだった。帰り際に「何が一番厳しい制約になってそうですか?」と担当の方に聞くと、「やはり外国の方というので敬遠される大家さんは多いですね…」との事だった。むぅ。そういうもんか。我々3人はガックリと肩を落として店を後にした。

 

 

 

 

 

さて、豚骨ラーメンを食べ終えた私たちは再び京都の街へ繰り出した。このまま何の成果も無く彦根に帰るわけにはいかない。それに何しろこの2人には現在帰る場所が無い(!?)。無計画にも程があるが、彼らは住む場所が決まっていないまま福岡を飛び出している。今は彦根の店長のアパートに転がり込んでいる。クリスナさんも含めて大人3人で、だ。流石にそう長くは居られないだろう。せめて4月からは住める場所を見つけなければ。っていうかもっと早く京都に来て物件探せよ。普通2月とかに一度来るだろ、何だよ3月末って。

ただし、アテがあるわけでもないので手当たり次第、不動産屋に突撃するしかない。京都駅周辺には無数に不動産屋がある。その中から次に我々3人が訪れたのはエリッツ京都駅前店だった。

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ここを選んだ理由など無い。ただ、進行方向にあって、偶々目についたから入ってみただけだ。しかし、今思えばこれも運命の悪戯だったのかもしれない。

 

担当してくれた方はかなり若く見えた。20代半ばといった所だろうか。目が細く、顔つきは若き頃の野田洋次郎に似ていた。クルッと巻いた毛先はおそらく天然パーマだろう。

席に着くや否や、私は探している物件の詳細を述べた。今度は3人でルームシェアをする事も初めから伝えた。いずれ伝える事になるのだ。隠していても仕方ない。

天パ洋次郎はあまり動じた素振りを見せずに、条件に合う物件を探し始める。午前中に他の不動産屋で紹介された物件を教えてくれ、と言われた。時間の無駄になるからそこは選択肢から省くようにする、との事だ。この人の人柄を表すには、冷静という言葉が最も合う気がした。表情を無理に取り繕うような事はせず、サバサバと対応をする。目標までの最短の道のりを迷う事なく進む。合理的な思考は時に人から嫌われる要因になってしまうが、この人からは不思議と嫌な感じがしなかった。それはおそらく、この人が合理性を自らを飾る・自らを大きく見せるための鎧としては使っていないからだろう。

 

私たちは何度かラリーを繰り返した。天パ洋次郎が物件を提案し、私たちが吟味する。予算に合わなかったり、大学から遠すぎたり、入居が5月からだったりといった理由で、サントスさんとアユスさんはなかなか首を縦に振らない。すると、再び天パ洋次郎が別の物件を探し始める。液晶画面に向かい、決められた制約の中で物件を探す彼のその様は、まるでパズルを解いているようだった。決して表情には表れなかったが、どこか楽しんでいるようにも伺えた。その後もラリーが続いたが、成果には結びつかない。しかし、その回数と速度は午前中に訪れた不動産屋を悠に上回った。

そして、幾度と無いラリーの果てに遂に辿り着いた一つの物件。家賃6万7千円。2LDK。大学から徒歩20分。4月から入居できる。外国人OK。3人でのルームシェアも…おそらくOK。

これ以上無い物件に思えた。サントスさんとアユスさんも満足しているようだった。時刻は午後2時を回っている。私たちはこの日初めて内見に向かうことができた。何とか見通しが立った事に私は安堵した。

 

目的のアパートへ車で向かう道すがら、天パ洋次郎と会話を交わす。

「実は前にもネパール人の方に物件を紹介した事があって。その人とは今も交流があるんですけど、それ以来その人伝いに多くの外国人が訪れてくれるようになったんですよね。だから私にとってはあまり珍しい事では無いんです。外国の方に、特にネパールの方に物件を紹介するのは。」

へええ。そりゃまた奇妙な巡り合わせだ。なるほど、動じた様子が見られなかったのはそれが理由か。さらに、良ければ周辺でのアルバイトを友人伝いに紹介してもらおうか?と提案までしてくれた。

話を聞いたサントスさんとアユスさんは嬉しそうだった。不安定だった自分たちの4月からの生活にトントン拍子で目処が立っていく。前日に私と出会った事。偶然、私が物件探しに付き合っても良いと思える精神状態だった事。偶々入った店に、偶々ネパール人に理解のある方がいた事。時間はかかったが、ここしか無いという物件が見つかった事。サントスさんとアユスさん、2人の歯車が上手く回り始めたように見えた。

 

そして、目的地に着いた。「今から大家さんに挨拶するので、2人とも印象良く振る舞ってくださいね。」天パ洋次郎が2人に声をかける。外国人OKとはいうものの、実際にどんな人なのかはやはり重要だろう。

大家さんは温厚そうなおばあさんだった。70歳ぐらいだろうか。白髪交じりで、身長はサントスさんの半分とちょっと。いくつか会話をすると、笑顔も見えた。どうやら2人の印象は悪くなかったようだ。

 

「今ここにいる2人ともう1人、今日は来ていないネパールの方が住まれるんですけど大丈夫ですよね?」天パ洋次郎が尋ねる。上手い聞き方だ。3人でのルームシェアは当たり前にOKでしょ?というスタンスで問いかける事で、断りづらい空気を作る。ましてやこんなおばあさんが困ってるネパール人2人を前にして断れるわけがな

 

 

「いや、ウチは3人は無理ですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

 

「ウチは3人っていうのはちょっと駄目ですね…契約書にも書いてたんじゃないかしら。第一、3人で住むには狭過ぎるでしょ?笑」

 

 

 

 

 

 

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一行は部屋に足を踏み入れる事なくその場を後にした。

サントスさんとアユスさん、2人の歯車の動きが、再び私には見えなくなってしまった。

 

 

次回:そのうち更新

 

 

 

 

 

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